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東京地方裁判所 平成6年(ワ)10312号 判決 1995年11月15日

原告

甲野太郎

右法定代理人親権者父

甲野一郎

同母

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

小川幸三

被告

A株式会社

右代表者代表取締役

乙川春夫

右訴訟代理人弁護士

弘中徹

被告

B株式会社

右代表者代表取締役

丙田夏夫

右訴訟代理人弁護士

山口泉

被告兼被告A株式会社補助参加人

C株式会社

右代表者代表取締役

丁海秋夫

被告

戊山工業こと

戊山冬夫

右二名訴訟代理人弁護士

松井文章

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、参加によって生じた費用を含め、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、各自一五二四万五五四四円及びこれに対する平成四年五月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  原告は、被告B株式会社(以下「被告B」という。)が分譲販売したマンションの一室に居住していたところ、被告戊山冬夫(以下「被告戊山」という。)がその玄関ドア及びドアクローザーを取り付けるに際し閉扉速度を適切に調整しなかったため、又は被告A株式会社(以下「被告A」という。)と被告Bが右調整不良に気付かなかったため、玄関ドアが勢いよく閉って指を挟み、指を切断する等の傷害を負ったとして、被告B、被告A(被告Bとの間のマンションの建築工事請負人)、被告兼補助参加人C株式会社(被告Aとの間のマンションの金属製建具一式取付調整工事請負人。以下「被告C」という。)及び被告戊山(被告Cとの間のマンションの玄関ドア等取付調整工事請負人)に対し、それぞれ不法行為(又は債務不履行)に基づき損害賠償を請求している。

二  争いのない事実等

1  原告は甲野一郎(以下「一郎」という。)と甲野花子(以下「花子」という。)の子で、平成四年五月四日当時一一歳であった。

被告Bは、別紙物件目録記載の区分所有建物(以下「本件部屋」という。)を含むマンション一棟(以下「本件マンション」という。)の建築工事の注文者であり、被告Aは本件マンションの建築工事の請負人である(争いない。)。

被告Aは、平成三年五月ころ被告Cに対し、本件マンション建築工事のうち玄関ドア及びドアクローザーの取付け及び調整に関する工事を含む金属製建具一式取付工事を発注し、被告Cはこれを受注した(被告Bとの関係で乙一の1、2、丁一、二、一〇)。被告Cは、平成三年五月初めころ被告戊山に対し、被告Cが購入した玄関ドア及びドアクローザーの本件マンションの玄関への取付調整を含む本件マンションのアルミサッシ・スチールドア取付調整工事を発注し、被告戊山は、これを受注した(被告Bとの関係で丁一、二、一〇)。被告戊山は本件部屋を含む本件マンションの専有部分の玄関ドア及びドアクローザーの取付調整を行った(争いない。以下、本件部屋の玄関ドアを「本件ドア」といい、そのドアクローザーを「本件ドアクローザー」という。)。

被告Bは、D株式会社(以下「D」という。)を代理人として、平成四年一月三〇日一郎に対し本件部屋を三九七〇万円(消費税込み)で売却した<省略>。原告、花子及び一郎は、平成四年四月二一日に本件部屋に入居した。

2  本件マンションは、別紙案内図のとおり河川の土手の脇に立地しており、周囲には視界を遮るような高い建物は存在しない。本件部屋は本件マンションの三階にあり、別紙建物図面のとおり、北東側に玄関、南西側に窓の付いた洋室及び和室(以下、洋室の窓を「南西側洋室の窓」という。)があり、玄関からは廊下とダイニングキッチンを通じて南西側洋室の窓を直視できる間取りとなっている<省略>。

三  原告の主張

1  本件ドアにおける事故

原告は、平成四年五月四日午後六時過ぎころ、本件部屋の玄関の前の外廊下(以下「玄関前の外廊下」という。)に立ち、本件ドアのレバーを左手で持って手前に約四〇度開き、ドアとドア枠の間に約四〇センチメートルの間隔をつくり、その間隔から体を斜めにして右半身から本件部屋へ入ろうとしたところ、左手レバーを引いて支えていた本件ドアが本件部屋の内側から吸引されるように閉り始めたため、原告は本件ドアを左手で支えきれなくなりレバーから手を離してドアとドア枠の間から体を引いて外廊下へ逃れようとしたが、本件ドアとドア枠との間に右手の小指の先を挟み、右手第五指完全切断の傷害を負った(以下、この事故を「本件事故」という。)。

2  本件ドアは、重量が44.8キログラムあり、防火扉として機能するため、本件ドアクローザーを取り付けると、いったん閉まり始めると自動的に閉扉する。また、本件ドアクローザーには閉扉速度調整バルブがついており、閉扉速度の調整ができるようになっている。そして、閉扉速度調整バルブは、全開から開き角度約三〇度まで(以下「第一段階」という。)を第一速度調整(以下、この調整を行うバルブを「第一速度調整バルブ」という。)、開き角度約三〇度から閉扉まで(以下「第二段階」という。)を第二速度調整(以下、この調整を行うバルブを「第二速度調整バルブ」という。)として二段階の調整ができるようになっている。

また、本件マンションは河川沿いに立地し、北方向からの強風が吹き、本件ドアのある玄関から南西側洋室の窓までは直線的に風が吹き抜ける環境であった。

3  本件事故当時の本件ドアの閉扉速度

本件事故当時、本件ドアは、開き角度約三〇度から減速せず、むしろ加速して閉扉した。すなわち、第一段階も第二段階も裁判所の検証時に行われたバルブを現状から二回転解放して閉扉速度が速い状態とされた時よりも速い速度で閉まった。

4  被告らの責任

(一) 被告戊山の責任

被告戊山は、本件ドア及びドアクローザーを取り付けるに際し、本件マンションが河川沿いにあり、周囲に高層建築物がなく、本件ドアのある玄関から南西側洋室の窓までは直線的に風が吹き抜ける環境であることから、本件ドアが河川沿いの風の影響を直接受けることを予想し、本件ドアの閉扉速度を、ドアに右のような周囲の環境から通常予測される程度の風による荷重が加わった場合に、第一段階は人がドアを開ける速度と同程度の均一の速度で閉扉した後いったん停止し、第二段階は均一の速度で、かつ、第一段階より減速した速度(ドアとドア枠との間に人の身体があっても身体の一部を挟まれないように避けられる程度の速度)で閉扉する速度(以下「原告主張の適切閉扉速度」ということがある。)に調整すべき義務があるのにこれを怠り、本件事故を発生させた。

したがって、被告戊山は、原告に対し、民法七〇九条の責任を負う。

(二) 被告Cの責任

被告戊山は、被告Cが請け負った仕事の下請として本件ドア取付けを行ったものであり、かつ、被告Cからドア及びドアクローザーの提供を受け、作業中も被告Cから指示・確認を受けるなど被告Cとの間で指揮監督関係にある。

したがって、被告Cは、原告に対し、(一)の被告戊山の過失について民法七一五条一項により責任を負う。

(三) 被告Aの責任

(1) 被告戊山は、被告Aが被告Bから請け負った仕事を、被告Cから更に下請けして本件ドアの取付けを行ったものであり、かつ、現場で被告Aの従業員の検査を受けるなど被告Aとの間で事実上の指揮監督関係にある。

したがって、被告Aは、原告に対し、(一)の被告戊山の過失について民法七一五条一項により責任を負う。

(2) 被告Aの従業員である現場責任者は、被告Aが被告Bから受注した本件マンションの建築工事を行うについて、被告戊山の本件ドア及びドアクローザーの取付けを確認する際、本件マンションが河川沿いにあり、周囲に高層建築物がなく、本件ドアのある玄関から南西側洋室の窓までは直線的に風が吹き抜ける環境であることから、本件ドアが河川沿いの風の影響を直接受けることを予想し、本件ドアの閉扉速度が、原告主張の適切閉扉速度に調整できているか確認すべき義務があるのにこれを怠り、本件事故を発生させた。

したがって、被告Aは、原告に対し、右過失について民法七一五条一項の責任を負う。

(四) 被告Bの責任

(1) 被告Bの従業員は、遅くとも平成四年四月二一日には本件ドアクローザーが原告主張の適切閉扉速度に調整されていないことを知っていたから、本件部屋の分譲・引渡業務に従事する者として本件ドアクローザーを原告主張の適切閉扉速度に調整すべき義務があったのにこれを怠り、本件事故を発生させた。

したがって、被告Bは、原告に対し、右過失について民法七一五条一項の責任を負う。

(2)被告Bは、本件マンションの売主として、買主及びその家族に対し、引き渡した物件でその家族らが怪我をすることがないよう、目的物の安全性に注意を払うべき義務(保護義務)を信義則上付随的に負担している。被告Bは、遅くとも平成四年四月二一日には本件ドアクローザーが原告主張の適切閉扉速度に調整されていないことを知っており、その翌日か翌々日には買主の妻である花子から本件ドアクローザーの調節不良を訴えられたのであるから、本件ドアクローザーを原告主張の適切閉扉速度に調整すべき義務があったのにこれを怠り、本件事故を発生させた。

したがって、被告Bは、原告に対し、民法四一五条の責任を負う(なお、不完全履行による損害賠償請求債務が遅滞になる時期は不法行為と構成した場合のそれと同じ時期と解すべきである)。

5  本件事故による原告の損害

(一) 治療関係費

八四万八四六六円

(二) 後遺症による逸失利益

六五一万一一二〇円

(三) 入通院及び後遺症慰謝料

六五〇万円

(四) 弁護士費用

一三八万五九五八円

合計 一五二四万五五四四円

6  よって、原告は、被告ら各自に対し、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償として一五二四万五五四四円及びこれに対する不法行為日である平成四年五月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  被告らの反論(本件ドア及びドアクローザーの調整状態について)

1  本件ドアクローザーはE株式会社(以下「E」という。)が製造したものであり、出荷時に、そのまま取付けを行えば調整バルブを動かさずに九〇度開扉からラッチング完了まで五〜八秒という基準作動速度(以下「基準作動速度」という。)で閉扉するよう調整済みである。

2  本件ドアクローザーは、昭和四九年に建設大臣の良品認定制度として始まり、昭和六二年以降は財団法人ベターリビング(以下「ベターリビング」という。)が認定事業を承継している「優良住宅部品認定制度(ベターリビング制度)」(以下「BL制度」という。)によって、昭和六二年五月六日建設省告示第一〇五八号「建築物性能等認定事業登録規程」(以下「建設省告示の登録規程」という。)の基準に合致する優良住宅部品(以下「BL住宅部品」という。)と認定された商品である。すなわち、建設省告示の登録規程は、ドアクローザーについて、ドアに一平方メートル当たり一〇キログラム(風速換算毎秒約12.5メートル)の荷重を加えたとき、ドアの開き角度二〇度からの閉扉時間0.8秒以上の閉扉速度(以下「BL制度基準速度」ということがある。)が必要というものであるところ、基準作動速度に調整されていれば、BL制度基準速度を満たしている。

3  被告戊山は、Eから出荷された本件ドアクローザーを本件部屋に取り付け、本件ドアを九〇度開扉してから通常の歩み方で玄関に入り閉じるドアに踵が触れないかを確認した。この確認をしたドアクローザーは、基準作動速度に取り付られているといえるから、被告戊山は、監督官庁が優良製品の認定基準とする閉扉速度に本件ドア及びドアクローザーを取付調整したのであり、調整不良の過失はない。

4  原告主張の適切閉扉速度は、何キログラムの荷重が加わったときに、閉扉時間何秒で閉扉したらそれを満たすのか不明確である。原告主張の適切閉扉速度が基準作動速度やBL制度基準速度以上に遅い速度であるなら、被告戊山には原告主張の適切閉扉速度に調整する義務はない。仮に原告主張の適切閉扉速度に調整したとしたら、日常のドアの開閉に支障を来たすであろう。

5  原告は、本件マンションの周囲は強風が吹く状況であり、被告戊山はその認識を前提として調整すべきであった旨主張しているが、被告戊山が本件マンションの建具の取付作業を行っているときは強風が吹いた状況はなかった。

また、原告は、南西側洋室の窓が開いていて、かつ、強風が吹いた状態を想定して閉扉速度の調整を行う必要があった旨主張しているが、被告戊山には強風が吹くという認識はなかったし、取付作業時に強風が吹いた状況もなかったから、強風を想定して調整すべき義務はない。

被告戊山は、昭和六〇年以降被告Cからサッシ等の金属製建具取付工事を約八〇件受注して施工しているが、本件のような事故は一件も起きていない。

6  本件事故は、南西側洋室の窓が開いた状態で強風が吹いていたために起きたものであって、正に思いがけない事故であり、被告戊山には予見可能性がない。

五  被告A、被告Cの反論(「使用者」か否かについて)

被告Aは被告戊山を選任監督した事実はなく、また、被告Cが戊山の使用者であると評価される事実はない。

六  被告Bの反論

四1〜3のとおり、本件ドアクローザーに通常有すべき安全性を欠いた事実はないから、保護義務違反は問題とならない。

七  主要な争点

1  本件事故当時の本件ドアの閉扉速度の調整状況

2  被告戊山は本件ドアの閉扉速度をどの程度に調整すべき義務があるか。原告主張の適切閉扉速度に調整すべき義務の有無。

3  被告A、被告Bには、本件ドアの閉扉速度をどの程度に調整すべき義務があるか。原告主張の適切閉扉速度に調整すべき義務の有無。

4  被告戊山は、被告Aや被告Cの被用者か。

第三  当裁判所の判断

一  証拠<省略>によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、平成四年五月四日午後六時過ぎころ、帰宅しようと玄関前の外廊下に立ち、本件ドアのレバーを左手で持って手前に約四〇度開き、ドアとドア枠の間の約四〇センチメートルの透き間から体を斜めにして右半身から玄関へ入ろうとし、右手をドアとドア枠の間から玄関内に入れたところ、左手でレバーを引いて支えていた本件ドアが本件部屋の内側から強く引っ張られるように閉まったため、咄嗟のことに驚き、ドアを支えきれなくなりレバーから手を離した。原告は、その時直ぐ右手を引いたが、間に合わず、本件ドアとドア枠との間に右手小指を挟み、右第五指完全切断の傷害を負った。

原告は、その後自分でドアを開けて、両親や引っ越し祝いに集まっていた親戚に指が取れてしまった旨告げ、救急車で東京女子医科大学付属第二病院に運ばれ、切断された指を接着する手術を受けたが、うまく接着せず、同年七月二三日に切断した小指の先に肉片を付けて整形する指尖部修正術を受けるなどした。なお、原告の利き手は右手である。

2  本件ドアとドア枠はF株式会社が製造したものであり、本件ドアの重量はドアクローザーと錠を含めないで44.8キログラムである。

本件ドアクローザーはEが製造したもので、型式「BLI型」、品番「P73BL(I型)」、適用ドア寸法「八〇〇×一九〇〇ミリメートル」適用ドア重量「五〇キログラム」というもの(以下、この種類のドアクローザーを「P73BL」という。)である。また、本件ドアクローザーには閉扉速度調整バルブがついており、第一段階の閉扉速度を第一速度調整バルブで、第二段階の閉扉速度を第二速度調整バルブでそれぞれ調整できるようになっている。閉扉速度調整バルブは六角レンチなど市販の器具で素人でも調整できるようになっている。出荷時の梱包には、速度調整のためのスパナと、取付業者あてにP73BLは工場出荷時に基準作動速度に調整済みだが、万一調整が必要の場合は基準作動速度を守るようお願いする旨の文書が同封されている。

3  BL制度(優良住宅部品認定制度)は、品質、性能、価格、アフターサービス等の優れた住宅部品を認定し、広く一般に普及させることにより、優良な住宅部品の技術開発を誘導するとともに、住生活水準の向上と消費者の保護及び住宅生産の健全な育成を図ることを目的として、昭和四九年度に建設大臣の良品認定制度として創設された。その後、昭和六二年五月から、制度の骨格をそのままベターリビングが認定事業を承継し、建設省告示の登録規程に基づき、建設大臣の登録を受けて認定事業を行っている。そして、右制度により認定を受けたBL住宅部品については、これが住宅に据付けられ引き渡された後、設計・製造あるいは据付工事に原因のある瑕疵・欠陥によって生じた偶然な事故に起因して、ユーザーなど第三者が怪我をした場合等に被害者に支払わなければならない損害賠償金をベターリビングが代わって支払う保険制度などが設けられている。

建設省告示の登録規程では、ドア寸法八〇〇×一九〇〇ミリメートル、ドア重量五〇キログラムの鋼製ドア又はこれと同等の大きさ・重さの玄関ドアに用いるドアクローザー(以下「I型のドアクローザー」という。)の風に対する安全性に関する要求基準は、ドアに一平方メートル当たり一〇キログラム(風速換算毎秒約12.5メートル)の荷重を加えたとき、ドアの開き角度二〇度からの閉扉時間0.8秒以上の閉扉速度(BL制度基準速度)というものである。

4  P73BLは、基準作動速度に調整した状態の製品三個を無作為抽出し、これを試験体として、ドアの外側から一平方メートル当たり一〇キログラムの荷重を加えた時の閉扉時間を測定した結果、ベターリビング筑波建築試験センターの平成元年七月の検査では、それぞれ平均値で二〇度からが2.56秒、四五度からが4.24秒、六〇度からが5.00秒、七五度からが5.75秒、九〇度からが6.38秒という成績を収め、平成二年一月二三日にBL住宅部品の認定(以下「BL認定」という。)を受けた。また、Eは、P73BLについて、右認定の有効期間内の平成四年四月八日に自社試験を行い、その結果を添付して再確認を申請し、同年一一月一九日再度BL認定を受けた。

Eは、BL認定のときの試験体と同様に、P73BLをそのまま取付けを行えば基準作動速度で閉扉するように閉扉時間自動調整装置によって調整し、閉扉時間自動調整装置による調整がうまく基準作動速度になっているかどうかは、一ロット(六〇〇〜八〇〇個)から三個を無作為抽出して検査する方法による。そして、基準作動速度に調整されていれば、閉扉動作に入ってから第一段階の間は一定した速度で閉じ、第二段階から第一段階での閉扉速度より減速して閉じることになる。Eは、P73BLを平成元年に約一万三六〇〇個、平成二年に約五万三三〇〇個、平成三年に約六万八一〇〇個、平成四年に約五万二五〇〇個、平成五年に約五万五五〇〇個、平成六年に約六万九八〇〇個、平成七年一月から七月まで約四万〇五〇〇個出荷したが、本件事故以外にドアで指を切断する事故は起こっていない。

5  被告戊山は、昭和二二年から約三年間スチールサッシの取付業を営むG株式会社に勤務した後、昭和二六年に独立してサッシ取付工事請負業を営み、昭和四〇年ころから被告Cの金属製建具取付工事の二次下請をするようになり、昭和五八年ころからその直下請をするようになった。被告Cの直下請となってから本件マンションの玄関ドア及びドアクローザー取付調整を行うまで、被告Cから受注し施工した金属製建具取付工事は約八〇件であり、そのほとんどがテナントビルやマンション等の高層建築物である。

被告戊山は、被告Cが年に六、七回下請業者に対して行う技能研修会に参加して、被告Cの従業員から金属製建具の製品内容や取付方法についての説明・指導を受けていた。

6  被告戊山は、平成三年九月三日から本件ドア及びドアクローザーを含む本件マンションの住宅部分の玄関ドア及びドアクローザーの取付作業を行った。被告戊山は、本件ドアクローザーを本件ドアとともに本件部屋の玄関に取り付けた後、ドアを九〇度開扉してから通常の歩み方で玄関に入り、閉じるドアに踵が触れないかを確認した。その際、南西側洋室の窓等を特に開けてテストしたわけではないが、被告戊山は、右確認の結果支障がないと判断したので、速度調整バルブによる調整はしなかった。被告戊山は、本件マンションの他の玄関にもドア及びドアクローザーを取り付け、同様の確認作業を行ったが、閉扉速度調整が必要と思われる箇所はなかったので、速度調整バルブによる調整を行ったものはなかった。被告戊山は、これまで玄関ドア及びドアクローザーの取付を行う際には、いつも同様の確認作業を行うようにしていた。そのすべてが本件ドア及びドアクローザーと同種のものとは限らないが、これまで閉扉速度調整が必要と思われるものはなかった。被告戊山は、同年一二月四日の作業終了日に、本件マンションの全戸の玄関ドアの閉扉速度について取付時と同様の確認を行い、同日被告Aの従業員がドア及びドアクローザーの閉まり方の確認を行って、被告戊山に支障がない旨を告げた。被告戊山は平成三年六月一九日から同年一二月四日まで合計七回自ら本件マンションの現場作業を行ったが、その間北西方向から強風が吹いてくるという認識はなかった。

7  東京管区気象台の観測によると、本件事故当日の午後六時の気象は、東京(千代田区大手町)では天気晴、気温18.5度、北北西の風毎秒8.5メートルであり、新木場では気温18.0度、北西の風毎秒一一メートルであった。本件事故当時、本件部屋では、親戚等が集まり引っ越し祝いが開かれていて、南西側洋室の窓は換気のため開けられていた。

8  花子は、平成四年四月下旬本件マンションのモデルルームに常駐していたDの従業員dに対し、玄関ドアの閉まり方が速いので見てもらいたい等と要望し、dは花子とともに本件ドアを九〇度に開いてから押して手を離す方法で閉まり方を見た。dは、その結果を見て閉扉速度が速いとは思わなかったのと、その時はまだ閉扉速度調整の方法を知らなかったので、その場で閉扉速度の調整をせず、本件ドアの閉扉速度について苦情があった旨上司に報告する旨花子に告げるとともに、当日かその翌日、被告Aとの連絡を担当していた者に右の件を報告した。

本件事故の後、花子は、dに会った際に子供が玄関ドアに挟まれて指を切断した旨告げ、本件ドアの閉扉速度の調整を要望した。

被告A従業員のaは、同年五月二二日ころ花子の立会いの下に本件ドアクローザーの速度調整バルブを操作し花子の要求どおりに手を離した状態ではラッチが掛からず、レバーを引いて引き込まないとドア枠に収まらない程度にまで閉扉速度を遅くした(以下、この状態の速度を「現状の速度」という。)。

また、dは、同月下旬ころ本件マンションの各戸を訪問して、玄関ドアの閉扉速度は、六角レンチなどの市販の器具を使用して速度調整バルブを操作することで調整できることを説明し、実演してみせたりしたが、dに対しもっと閉扉速度を遅くしてほしい旨要望した入居者はいなかった。<省略>

9  平成六年一月二四日午後二時ころの気象条件下の本件ドアの現状の速度は、九〇度開扉の状態からの閉扉時間は南西側洋室の窓を閉めた状態で平均8.2秒、開けた状態で平均6.7秒、四五度開扉の状態からの閉扉時間は南西側洋室の窓を閉めた状態で平均6.0秒、開けた状態で平均5.1秒であった。また、現状の速度から閉扉速度調整バルブを二回転解放の状態で、九〇度開扉の状態からの閉扉時間は南西側洋室の窓を閉めた状態で平均2.3秒、開けた状態で平均2.1秒、四五度開扉の状態からの閉扉時間は南西側洋室の窓を閉めた状態で平均1.8秒、開けた状態で平均1.4秒であった。

なお、同日午後二時頃の風向、風速は、東京で西北西の風毎秒二メートル、新木場で北西の風毎秒四メートルと観測されている。

二  争点1について

1  前示一2のとおり、本件ドアクローザーはEが製造したP73BLであり、P73BLは出荷時にそのまま取付けを行えば基準作動速度で閉扉するように調整されていること、前示一6のとおり、被告戊山は本件ドアクローザー取付後、ドアを九〇度開扉してから通常の歩み方で玄関に入り、閉じるドアに踵が触れないかを確認したこと、本件マンションの他の玄関ドアに取り付けたドアクローザーも同様の確認を行っていずれも調整の必要がなかったこと、前示一5、6のとおり被告戊山は金属製建具の取付けについて四〇年以上の経験があり、被告Cとの関係では本件マンションの金属製建具取付工事までに約八〇件以上の取付工事の経験があること、玄関ドアの閉扉速度についてこれまで右と同様の確認方法により取付作業を行ってきていずれも再調整の必要がなかったことに照らすと、本件ドアの閉扉速度は本件事故当時基準作動速度に調整されていたものと認められる。

2  そして、前示一3、4のとおり、P73BLはBL認定を受けた製品であり、これが基準作動速度に調整されていれば、BL制度基準速度の要求を満たしているものと認められるから、本件ドアは、本件事故当時、BL制度基準速度の要求を満たす状態に閉扉速度が調整されていたものと認められる。

三  争点2について

1  前示一3、4のとおり、BL住宅部品は、これを取り付けた住宅の居住者等に対する安全性を十分に考慮して定められた認定基準をクリアしているものと認められること、P73BLは平成二年以降毎年五万個以上出荷され、平成六年には約六万九八〇〇個になっているが、これまで本件事故以外にP73BLを使用したドアで指を切断する事故は起きていないこと等の事実を総合すると、前示のような確認方法により基準作動速度で閉扉することを確認して本件ドア及びドアクローザーの取付工事をした被告戊山には、本件ドアの閉扉速度の調整について注意義務違反はないものと認めるのが相当である。

2  原告は、本件マンションが河川沿いにあり、周囲に高層建築物がなく、本件部屋は玄関から南西側洋室の窓まで直線的に風が吹き抜ける環境であることから、本件ドアが河川沿いの風の影響を直接受けることを予想し、本件ドアに右のような周囲の環境から通常予測される程度の風による荷重が加わった場合を予測して、その閉扉速度を原告主張の適切閉扉速度に調整して、本件ドア及びドアクローザーを取り付ける義務がある旨主張する。

しかし、原告主張の適切閉扉速度の内容は、本件部屋の周囲の環境から通常予測される程度の風による荷重を一平方メートル当たり何キログラム又は風速毎秒何メートルと主張するのかが不明確で、結局どのような閉扉速度に調整すべきか不特定である。

仮に、原告主張の適切閉扉速度が現状の速度であるとしても、前示一8のとおり、現状の速度では自動的にラッチングしないこと、前示一2、4のとおり、本件ドア及びドアクローザーは取付後自動的にラッチングするよう設計され防火扉としての機能を期待されていることに照らすと、被告戊山に現状の速度に調整すべき義務があるとはいえない。

また、建設省告示の登録規程は、玄関ドアの取付場所が様々であり、時に強風の影響を受ける場所もあることを前提として、前示のとおりのBL制度基準速度を定めているものと認められ、閉扉速度はユーザーにおいて市販の器具を使用してその責任で自由に調整できる構造になっていることから、ドア及びドアクローザー取付業者に対し、BL制度基準速度以外に他の条件を考慮してドア取付調整を行う義務があるというためには、当該場所が通常予測される玄関ドアの取付場所以上に強風の影響を常時受けることが明白かつ容易に予測される等の特別な事情が必要であるというべきであるところ、河川沿いに立地し周囲に高層建築物がないマンションは珍しい存在ではないし、本件マンションに対する風向も一定ではないのであるから、本件ドア及びドアクローザーの取付場所が通常予測される玄関ドアの取付場所以上の強風の影響を常時受けることが予測されるということはできない。

また、前示一7のとおり、本件事故当日の午後六時の気象観測結果が新木場で北西の風毎秒一一メートルであったこと、本件事故当時南西側洋室の窓が開いていたと認められることから、本件事故当時、本件ドアに対して瞬間的に毎秒一一メートル前後の荷重が加わったことが考えられる。したがって、原告主張の適切閉扉速度に調整したとしても、当時の状況下で本件事故の発生が回避できたか不明であり、この点でも原告の主張は理由がない。

四  争点3について

前示三1、2と同様の理由で、被告A及び被告Bは、原告主張の適切閉扉速度に調整すべき義務はなく、BL制度基準速度の要求を満たした閉扉速度に調整したことを確認していれば、本件ドアの閉扉速度の調整について注意義務違反はない。

五  なお、本件部屋の売買に関し原告が被告Bと契約関係に立つわけでないから、被告Bが原告に対し直接契約上の責任を負うことはなく、保護義務違反を理由とする原告の被告Bに対する損害賠償請求は主張自体失当である。

六  以上の次第で、その余について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官石川善則 裁判官小野洋一 裁判官仙田由紀子)

別紙<省略>

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